鹿島神宮は、茨城県鹿嶋市にある神社。式内社、常陸国一宮で、旧社格は官幣大社。日本全国に約600社ある鹿島神社の総本社です。
武甕槌神を祭神とします。武甕槌神が、香取神宮に祀られている経津主神とともに武芸の神とされていることから武術の道場には「鹿島大明神」「香取大明神」と書かれた2軸の掛軸が対になって掲げられていることが多いです。地震の守り神としても有名です。境内の要石(かなめいし)は、地震を起こす大鯰の頭を抑える杭と言われ見た目は小さいが地中部分は大きく、決して抜くことはできないと言い伝えられています。
梅竹蒔絵鞍 「吾妻鏡」には1192年(建久2年)、源頼朝が国の平安を祈って馬を奉納した記事がありこの馬に添えられていた鞍といわれています。
楼門 1642年(寛永19年)に初代水戸藩主徳川頼房の手により造営された。総朱漆塗りの2階建ての楼門である。
本殿 石の間
拝殿 以上3棟は1618年(元和4年)に江戸幕府の二代将軍徳川秀忠により造営された。拝殿は白木作りの簡素な意匠であるが、本殿は朱塗りに極彩色の鮮やかな意匠である。 奥宮奧宮本殿 1605年(慶長10年)に徳川家康により造営された。当初は本殿として使われたが1619年の造替に伴い場所を移し奥宮となった。総白木作りの簡素な意匠である。 仮殿
史跡境内が国の史跡に指定されている。
鹿島神宮の鹿鹿島神宮には鹿園があり、神の使いとして親しまれている30数頭の日本鹿が飼われています。鹿の神である天迦久神(あめのかくのかみ)が天照大御神の命令を武甕槌大神の所へ伝えにきたことに由来し鹿島神宮では鹿が使いとされている。また、藤原氏による春日大社の創建に際して、767年(神護景雲元年)に白い神鹿の背に分霊を乗せ多くの鹿を引き連れて1年かけて奈良まで行ったとされています。
鹿島の神鹿は長い歴史の間に何度か新たに導入されており、現在飼われているのは奈良の神鹿の系統を受けている。昼間は鹿園そばの売店で鹿の餌を売っており、園内の鹿に与えることができます。英語で鹿の枝角をアントラー (antler) と言い、鹿島アントラーズのチーム名の由来ともなっています。
鹿島神宮とカシマスタジアムでアントラーズを応援しよう!
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